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江戸時代初めに発見されたこの古墳は5世紀初めに作られた前方後円墳で、後円部が三段に、前方部が二段(一部は三段)に作られ、各斜面に葺石を敷き、テラス部に埴輪を立て並べています。
埴輪には円筒型のほか、朝顔形・盾・水鳥などの形象埴輪があります。後円部の中央には、初期の横穴式石室があり、石室の中に中央の壁を共有する二基並列の組合式箱式石棺があります。その中には男性人骨と鏡二面(、巴形銅器、玉類(勾玉、管玉、小玉)、刀、剣、鉄製の副葬品が残っていたことからこの地域を代表する首長の墓と思われます。

丸隈山の階段で体力アップをしていたパワーズの子どもたち 2007.4.14記